井上廃后事件

宝亀元(770)年10月1日、62歳の白壁王は大極殿で即位して光仁天皇となった。
井上内親王を皇后に、他戸親王(10歳?)を皇太子に立てた。
光仁天皇は天智系であるというコンプレックスから、聖武に連なるものを第一に
顧慮せざるを得なかった。
左大臣藤原永手も井上内親王の立后と他戸親王の立太子に尽力したと言われている。

臣下から押し立てられて皇位についたものは、大化の革新以来、孝徳天皇を別にすれば
白壁王が初めてである。
父聖武の栄光を胸にいだく井上皇后からすれば、臣下から王座によじ登った光仁の
後ろ楯として、形勢を決定的に有利に導いたのは自分であるとしていた。

白壁王は早くから山城国の帰化人の有力者とも関係があったと見え、聖武の朝廷に
仕えていた頃に、高野新笠を妻に迎えて、天平9(737)年に山部王をもうけた。
父白壁王が即位した時、山部王は既に34歳であった。
山部王は直ちに侍従に任ぜられ、ついで親王宣下を受け、更に中務省の卿という
要職に起用された。彼にとってのいわば第二の人生がまさに開けようとしていた。
たが、前面に立ちはだかる壁は異母弟の他戸皇太子であった。

光仁天皇    

野心家の藤原百川などはかなり早くから山部王の器量に注目し、むしろ山部王の方を
異材としてその将来に嘱望していた。彼は壁の重圧にたじろぐ山部親王を激励し、
同時に宮廷で、この中務卿の株を上げるために立ち回った。

成立したばかりの新王権のもとで、藤原氏の抬頭は甚だしく、弱腰の老天皇は
絶えずぐらついていた。特に宝亀2(771)年2月21日の左大臣藤原永手の死は、
彼をいつも相談の相手にしていた光仁天皇にはかんりの痛手であった。
その頃から天皇の衰えは目立って来た。
それに付け込んだ藤原百川の暗躍は、誇り高い井上皇后を著しく刺激した。
皇太子の首の挿げ替えが彼の最終の目標であった。

井上皇后の方でもこの動きに触れて焦り出した。
彼女は皇太子の安泰を願って、侍女達にある種の呪術をやらせたようだ。
そういう呪術は、古代の貴族・平民を問わず、すべての人々の生活の一部をなしていた。

後見をまったく持たない井上皇后の惑いは、かえって百川側に利用された。
百川光仁天皇に対して、皇后らが天皇を呪い殺そうとしていると密告した。
天皇は度を失って狼狽えた。しかし、ほかの廷臣の密奏であればともかく、
百川のそれをしりぞけることは容易ではなかった。

狙われた井上皇后にとってすこぶる不利な材料が色々と出て来た。
ワナにかかった獲物にすぎない皇后は、夫に対して申しひらきさえ許されず、
宝亀3(775)年3月2日に皇后を廃された。
累はやがって他戸皇太子に及び、5月27日に皇太子を廃されることになった。

井上皇后と皇太子の廃退の一幕は、山部親王を擁しての藤原良継藤原百川
藤原式家一派の計略であった。

藤原式家 

宝亀4(773)年1月2日、山部親王(37歳)が新たに皇太子に立てられた。
山部親王を推す藤原百川らに対し、参議藤原浜成高野新笠の身分を問題視し、
山部親王の異母弟薭田親王(母は尾張女王)を推挙し、激しく対立したという。

10月14日、難波内親王(光仁天皇の同母姉)が薨去した。
10月19日、難波内親王の死も廃后・井上内親王の呪詛によるものとされ、他戸親王と共に
庶人に落とされ大和国宇智郡(現在の奈良県五條市)に護送され、没官(藤原南家?)の邸
幽閉された。

奈良県五條市 
 

宝亀6(775)年
4月27日、井上内親王(59歳)と他戸親王(15歳)は同日に没した。
死因については明記がない。しかし同じ日にこの異変があったからには、たぶん
何者かの手によって命を落としたと思われる。

【本朝皇胤紹運録】には、「二人が獄中で亡くなった後、龍になって祟って出た」;
【水鏡】には、「井上内親王が祟って出て、藤原百川を苦しませた」;
【愚管抄】には、「井上内親王は龍となって藤原百川(48歳)を蹴殺した」と記してある。

宝亀8(777)年12月28日、光仁天皇は井上内親王の遺骨を改葬させ、墓を御墓と追称した。


延暦19(800)
年7月19日、崇道天皇(早良親王)の名誉回復にあわせ、井上内親王も
皇后の位が復され、「吉野皇太后」の称号を贈られ、御墓を山陵と追称した。
この時、慰霊のために霊安寺が建立され、同時に霊安寺の隣に内親王を祀る御霊神社
創建されたと伝わっている。

陵墓は奈良県五條市御山町の宇智陵に比定されている。
霊安寺はその後、兵火にかかって焼失し、現在は寺名のみが霊安寺町として残っており、
御霊神社(本宮)だけが残っている。

五條市霊安寺町鎮座の御霊神社本宮 

五条市内には御霊神社(本宮)のほか、分祀された御霊神社が20余社もあるそうです。
御霊神社秋祭り 




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愛犬・りく君

Author:愛犬・りく君
茨城県日立市十王町で
漢方整体院を経営してます。

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