第10回:轅門射戟


徐州周辺地図
三国志-10 
1:呂布射戟台
呂布射戟台 

✤所在地:徐州市沛県湯沐東路東首(沛城鎮東風路57号,駅から徒歩で行ける距離);

✤江蘇省徐州市沛県文化館の園内にある;
一弦飛矢鳴画戟,十万雄兵卸征衣
✤射戟台碑(縦1.16m,横0.64m)は清・乾隆12(1747)年に作られたもの;
✤直径1.2mの石台は当時呂布の足下にあった石だったとされる;
江蘇省宿遷市泗洪県魏営鎮の「農機大院」内にも呂布射戟雕像ある;
①寿春(淮南)から出陣した紀霊将軍が既に沛県の東南に到着して陣を構えたこと;
①徐州から出陣した呂布将軍が西南一里ばかりのところに陣を構えたこと;
以上のことから考えると「徐州市沛県」の方が「信憑性」が高いのかな・・・
地図徐州市沛県宿遷市泗洪県
徐州市沛県&宿遷市泗洪県 
秦晋の誼み(秦晋之好)  春秋列国地図
春秋列国地図 
秦晋之好 
晋献公:紀元前677年に即位,時に重耳21歳,夷吾19歳,申生17歳;
✤正室:斉姜  太子:申生
✤晋献公12(紀元前665)年:奚斉が生まれる;
✤晋献公13(紀元前664)年:悼子が生まれる;
✤晋献公21(紀元前656)年:驪姫の乱により太子・申生自決する;
✤晋献公26(紀元前651)年:晋献公が亡くなる;
✤晋献公死後1ヶ月以内に奚斉と悼子が大夫・里克らによって相次いで殺される;

✤紀元前650年:夷吾が即位し晋恵公と称する
✤即位すれば河西の地(黄河以西の晋領)を秦に与えると約束し秦穆公から兵を借りた;
✤里克に書を送り,即位すれば汾陽を采邑に与えると約束した;
✤晋恵公14(紀元前637)年:晋恵公が亡くなる;
✤紀元前637年:太子圉が即位し晋懐公と称する

✤紀元前636年:重耳が秦軍を後ろにつけ即位し晋文公と称する;
✤子飼いの軍隊がなかったので秦国から文嬴を正室として迎えた;
✤秦穆公は精兵3000を選び出して,紀綱の僕(夫人の使用人)に任じた;
✤当時紀綱の僕は300名以下が相場であったが,10倍に増やしてくれた;

呂布 戟を射止めて劉備と袁術の仲裁をする(2010年版)




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愛犬・りく君

Author:愛犬・りく君
茨城県日立市十王町で
漢方整体院を経営してます。

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