第4回:孟徳献刀



要離が慶忌を刺し殺す(春秋時代・呉国)
公子光は楚から亡命して来た伍子胥が推薦した刺客の専諸を利用して呉王僚を暗殺した
呉王僚在位12年目(前516)年の晩春のことである。王子光は即位して呉王闔閭と称した。
呉王闔閭にとって気がかりの存在は衛国にいる王子慶忌であった。
慶忌は呉王僚の長男でまだ若かったが豪勇無双の男であった。
闔閭は枕を高くすることが出来なくなり伍子胥に相談した。
「専諸は死んだ,今となっては,あの熊のような慶忌を捕らえることの出来る男はいない」
と先ず呉王闔閭は嘆く,言外に,伍子胥に捕らえてもらえまいか,の意味を込めていた。
しかし伍子胥は知らぬげに答える「いいえおります。あの要離をお使い下さい」
「誰だね,その要離とは?」
呉王闔閭はすぐ様要離を呼んだ,しかし要離に会って見て不快になった。
要離は普通の人よりずっと低く,女のように痩せてとても勇士には見えなかった。
「こんな兔ほとも力のない男で,どうして熊が捕らえられるか」
大失望した呉王は要離に聞いた:「君は何か出来る?」
「大王様は慶忌に悩まされているでしょう。私は彼を殺せます」
「慶忌という人は知らないだろう。力があり武術に精通し,仮に一万人を相手しても決して
怖がらない。君は彼の相手にならん」
「暗殺は謀略と機会があれば大丈夫です,慶忌のような強い力は要りません」
「しかし慶忌がそんな簡単に接近できないだろう」
「私が犯罪者のように呉から逃げ出して,王様は私の右手を切って,私の妻を殺せば,
慶忌が信用してくれるだろうと思います」
「そんな不届きなこと,ワシには出来ぬ!」
「家族を大事にして王様の憂患を取り除かない人は不義であります」
呉王闔閭は要離の忠誠心に深く感動し要離の言う通りにするとこにした。
翌日,右手が切られた要離は呉の都・姑蘇(現・江蘇省蘇州市)から脱出した。
呉王は要離の妻を殺し,城門前で皆の前で焼いた。
要離は楚,鄭,晋などの国を通って,人々に自分の冤罪を訴えた。
間もなく衛国に到着して慶忌に拝見した。
慶忌は暗殺された父親の讐を報復するため兵馬を集めて,呉を攻める準備をしていた。
「呉王闔閭は残忍な人で,私の右手を切って,また罪の無い我が妻を殺害しました。
呉国に詳しい私は道を案内しますので,一緒に復讐させて頂きましょう」
慶忌はすぐ要離を信用し,自分の身辺の世話をさせた。
呉王闔閭三(前513)年,慶忌は軍隊を整えて揚子江から船で呉へ進軍した。
進軍三日目の夜,慶忌は船に立って揚子江の夜景色を眺めている。
要離は同じ船に乗っていたが右手がないため誰にも警戒されない。
連日の雨でせっかく晴れた日なので景色を見ながら慶忌は詩を吟した
                  江上寂寥秋色残
                一時風雨一時寒
                才息号角旌旗動
                将士出征帯甲眠
突然慶忌の帽子が風に吹かれて揚子江に落ちてしまった。
要離が立って周りの警備から一本の矛を借りて帽子を取った。
慶忌はちょうど要離に背を向けている。
要離は左手で矛を水平にし風に乗って全身の力で刺した。
背中から刺し胸から出て矛は慶忌の体を貫通した。
慶忌は死に際にこう言い残した。
「貴様は天下の勇士だ。私の命と引き換えに世間に名を高めてやろう」
こうして要離は殺される事なく呉に戻ってきた。
闔廬は大喜びで領土を分け与えようとしたが,要離はこれを断り,
自分のために殺された妻のお墓の傍で自刃して果てた。

要離が呉王闔廬に献じたこの計を孫子の兵法では「苦肉計」と呼ぶ
苦肉計】:【人不自害,受害必真;假真真假,間以得行。童蒙之吉,順以巽也
蒙卦:象征啓蒙,亨通。
蒙卦 
六五・《象》辞:児蒙之吉,順以巽也

要離が慶忌を刺す

三国志リスト   日立市十王町-漢方整体院

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Author:愛犬・りく君
茨城県日立市十王町で
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