戦国大名①

最上氏系図:清和源氏の足利氏の一族,三管領の一つ斯波氏の分家。 
最上氏略図  
✤最上義光:天正18(1590)年、秀吉より本領(出羽山形)を安堵される;
  慶長5(1600)年、関ヶ原の戦いの功により加増され出羽山形57万石を領する;
  元和8(1622)年、義俊の時最上騒動により近江大森1万石に減転封される;
  寛永8(1631)年、義俊が死去すると5000石を減知され幕臣(交代寄合)となった。


秋田氏系図
:安倍貞任の後裔を称した安東氏。
秋田氏略図 

✤秋田実季:正室は細川信良(正室はお犬の方)の娘。
  安東氏は安部貞任の末裔;実季は安東第9代;秋田氏第2代に当たる;
  秀吉より出羽秋田5.2万石(実高15万石)安堵される; 
  慶長7(1602)年、常陸宍戸5万石に移封;
  寛永7(1630)年、苛政により伊勢朝熊に蟄居を命ぜられる;
  正保2(1645)年、子俊季は陸奥三春5万石に転封となり定着;12代で置県。

 

伊達氏系図
:藤原氏の藤原北家山蔭流。
伊達氏略図 
伊達政宗   徳川家康   松平(長沢)忠輝   伊達家略図  

 
真田氏系図: 
真田氏略図   

✤真田昌幸
:信州上田城主;
  慶長5(1600)年,長男・信之の嘆願で死を免ぜられ,高野山へ追放される。

✤真田信之
:上野沼田2万7千石の城主;妻:本多忠勝の娘(家康の養女);
  慶長5(1600)年,関ヶ原の功により信濃上田9万5千石;
  元和8(1622)年,信濃松代10万石;以後変わること無く10代幸民の時廃藩置県;
  新政府側支持し3万石増;

✤真田信吉:庶長子,上野沼田3万石;
  信利の時(綱吉の時/1681年),不行跡を理由に改易され,奥平昌幸預けられた。

✤真田幸村:正室は大谷吉継の娘、側室の隆清院は豊臣秀次の娘。
  元和元(1615)年大阪の夏の陣で,5月7日午後2時頃,
松平(越前)忠直の家臣・
  西尾仁左衛門に首級を獲られる。

✤片倉守信:信繁の次男、仙台真田家初代当主。

✤阿梅(お梅):信繁の三女、片倉重長の後室、子供は生まれなかった。
片倉重長:白石片倉氏の2代当主。
  仙台藩にあって白石城を預けられ刈田郡の大部分、1万8000石を領した。

✤阿昌蒲:信繁の六女、片倉定広(伊達政宗の正室愛姫の甥)室。
片倉定広:愛姫の従兄弟で三春城主・田村宗顕の嫡男。
  田村氏は、坂上田村麻呂の末裔ともいわれ、陸奥国の田村郡を支配していた。
  愛姫の願いもあり伊達忠宗の命により、弟の田村良種とともに片倉喜多の名跡を嗣ぎ、
  片倉姓を名乗り、片倉家御一家となった。
  田村氏の名跡は宗顕の死後、伊達忠宗の三男・宗良が継いだ。


里見氏系図源義重を祖とする新田氏の庶宗家;房総地方を領した戦国大名。
里見氏略図  

✤里見義康
:天正18(1590)年小田原の陣には遅参したが,秀吉から安房館山9万石を安堵;
  慶長5(1600)年関ヶ原の戦いの功により常陸鹿島3万石を加増;
  関東最大の外様大名。

✤里見忠義:正室:老中大久保忠隣の孫娘;
  慶長19(1614)年,大久保忠隣改易事件に連座し伯耆倉吉3万石に減転封;
  元和8(1622)年,29歳で没,無嗣断絶;
  忠義が死去した時,8人の側近が殉死し,忠義と共に代岳院に葬られた【八賢士】。

✤里見義高酒井左衛門尉家次の婿,400石の家臣。




日立市十王町漢方整体院
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愛犬・りく君

Author:愛犬・りく君
茨城県日立市十王町で
漢方整体院を経営してます。

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