桜田18士

関  鉄之介:郡方勤,10石3人扶持,襲撃現場総指揮;
桜田門外の変後,薩摩入国を拒絶され,各地の豪農などに頼って潜行した;
✤文久元(1861)年10月23日,越後・湯沢(雲母キラ温泉)で逮捕される;
✤翌年文久2(1861)年5月,江戸で死罪に処せられた,享年40歳;
稲田 重蔵:郡方元締,金子に同行を命じられたが本人の希望により固辞,襲撃参加;
✤最初に井伊の駕籠を刺したという,闘死,享年47歳;
大関 和七郎:大番組,150石,変後,熊本藩邸に自訴;
✤文久元(1861)年,伝馬町の獄で死刑,享年26歳;
✤黒沢忠三郎の弟;
岡部 三十郎:変に際し江戸で事前探索にあたり,見張り役を勤めた;
✤検視見届役,斬り合い不参加,逃亡後捕縛;
✤文久元(1861)年斬罪,享年44歳;
海後磋磯之介:本米崎三島神社神官;
✤有村次左衛門が井伊大老の首級を上げたのを見て刀を捨てて神田の方へ逃げた;
✤四日ほどひそみ,それから夜道で水戸に帰ってきた;
✤藩領に入った後,那珂郡米崎村の神官で実兄・高野灸之介の家に行った;
  家族は総力をあげて匿うことに勤め,一歩も外に出ずにひっそりと過ごした;
✤東禅寺事件の余波で一斉取締りが領内一帯で繰り広げられ,それを事前に察知した
  高野は海後を裏山に逃がした;
✤やがて,郡方役人らが猟師たちと高野の神社にやって来て踏み込み,徹底した家宅捜
  索を行った,高野は神社に火縄銃を持ち込むなどは神を冒涜するものだと,激しく抗
  議し,郡方役人は引き上げた;その後,会津,越後に潜行して数年間を過ごした;
✤幕末動乱が始まり追求が緩んだので,密かに故郷に戻って名を菊池剛蔵と改めた;
✤元治元(1864)年の水戸藩の動乱では榊原新左衛門の陣営に入り,乱後関宿藩に
  預けられたが,その後,帰郷を許され,士分に用いられて禄50石を賜った;
✤明治維新後,東京に出て警視庁に入り,明治8年水戸に戻って結城警察署に勤務した;
✤有能が認められ2年後水戸の警察本部に移り,18年間勤務した;
✤退官後,老後を養って郷里で過ごし,明治36年5月19日,病歿した,享年76歳;
黒沢 忠三郎:大番組(馬廻組とも),100石,大関和七郎の兄;
✤変後,重傷を負い斉藤らと脇坂(老中・播磨竜野5・1万石藩主)邸に自訴;
✤熊本藩邸に幽閉,病死(翌年斬とも),享年33歳;
鯉淵 要人:上古内諏訪神社神官、剣術に長ず;
✤変後,脇坂邸に自訴の途中,重傷のため自刃,享年51歳;
斉藤 監物:常陸国二の宮の瓜連静神社神官;
✤重傷を負い脇坂邸へ自訴,【斬奸趣意書】を提出;
✤熊本藩邸に預けられ5日後,傷により死亡,享年39歳;
佐野 竹之介:200石,大番組,小姓などを務めた;
✤変では井伊を駕籠から路上に引きずり出したという;
✤重傷のため脇坂邸に自訴,傷により同日に死亡,享年21歳;
杉山 弥一郎:鉄砲師(留付列);
✤熊本藩邸に自訴後,翌年・文久元(1861)年伝馬町の獄で斬罪,享年38歳;
蓮田 市五郎:寺社方手代;
✤脇坂邸に自訴後,翌年・文久元(1861)年斬罪,享年29歳;
広岡子之次郎:100石,小普請組,広岡則孝の養子,黒沢忠三郎,大関和七郎の甥;
✤変では井伊の駕籠を突き破ったとされる;
✤重傷を負い和田倉門前にて自刃,享年21歳,最年少;
広木 松之介:町方属吏の長男,評定所の吏員(物書雇)を勤めた;
✤文久2年3/3日の夜,相模国鎌倉の上行寺内で割腹自刃,享年25歳;
✤この事実は明治に入ってから明らかにされた;
増子 金八:浪人,小納戸役三郎大夫武和の弟;
✤ほとんど傷も負わず,現場を離れた,金子孫二郎の指示とおり大阪方面に向かおう
  としたが,道中の詮議が厳しく,単身でもあったので断念した;
✤利根川を舟でさかのぼり,下野国を回って那珂川ぞいに養子先である石塚村の大畠家
  に行った;
✤その後、実兄・増子三郎大夫の家にひそみ,さらに9歳年長の妻・理遠の手びきで石塚
  村の稲荷神社の縁の下にかくまれた;
✤そこも危険になったので,理遠は那珂郡本米崎の郷士福地理衛門と親しい郷士の黒沢
  才介を介して,金八を多賀郡平潟村の廻船問屋菊池半兵衛方に移した;
✤その後,病いを得て福地宅に移り,明治維新後,石塚村に戻った;
✤明治7(1874)年4月に妻・理遠が62歳で病死,後は娘の世話を受けて石塚村で過ごす;
✤明治14(1881)年10月12日死去,享年62歳(59歳とも);
森  五六郎:使番与左衛門直元の5男;
✤変では先駆して拳銃を放った,負傷し熊本藩邸に自訴;
✤翌年・文久元(1861)年伝馬町の獄にて斬罪,享年24歳;
森山 繁之介:町方属吏の次男,矢倉方(奉行)手代を務めた;
✤変後,熊本藩邸に自訴,斬奸書を提出;
✤翌年・文久元(1861)年伝馬町の獄にて斬罪,享年27歳;
山口 辰之介:公子抱伝頼母徳正の4男,郡奉行目付などを勤めた;
✤重傷を負い自刃,享年29歳;
有村次左衛門:薩摩藩士;
✤井伊直弼の首級を太刀先に刺し揚げたとされる;
✤重傷を負い,引き上げ途上自刃,享年23歳;

桜田門周辺の地図
桜田門


日立市十王町-漢方整体院

十王地区と周辺の駅&城跡

常陸風土記】,【日本後記】,【延喜式】などに見られる駅(うまや)の設置状況:
常陸国の国府:石岡市,府中城跡:現・石岡小学校敷地,大掾氏の居館とも言われる;
河内駅:水戸市渡里町付近;
石橋駅:那珂町本米崎或東海村豊岡付近;
助川駅:日立市助川町付近;
田尻駅:日立市田尻町付近;
藻島駅(メシマ):十王町伊師町付近,現・櫛形村大字伊師小字藻島;伊師町から石瀧へ
つづく小石川べりで,現在は田となっている;
大和武尊が船に乗って海上の磯々を見物した時,櫛形海岸あたりの海中に種々な
  海藻が沢山に繁っていたので【藻島】という名をつけた;
✤碁石の様な光沢のある美しい白と黒の玉石がこの海岸にだけあったと書いてあって,
  それでこの所の地名を碁石の浜或は石浦と言ったと言われている,これが伊師の地名
  の起源で,即ち旧伊師郷である伊師浜村伊師町村石瀧村伊師本郷村の名はここ
  から出たものであり,川尻の小貝浜は古へ碁石浦の一部である;
棚島駅:北茨城市磯原付近;

十王堂:閻魔王を初めとする地獄の庁に勤める十人の王を祀った堂;
慶長9(1604)年徳川家康が改めた街道筋で,川尻村から伊師町村への入口に十王堂が
あった事が伊師町村の天保13年の検地絵図に記されてある;

鎌倉時代:(金砂合戦以降)の奥七郡の地頭:
多賀郡宇佐美祐茂(スケナリ) → 伊賀光季
✤宇佐美祐茂(スケナリ)─祐政─祐泰─祐義─
✤宇佐美祐茂:高萩の安良川に住んだが,和田合戦で義盛に党して討死した;
佐都東郡宇佐美政光 → 伊賀光季
✤宇佐美政光:和田合戦で和田義盛方に加担したので所領を没収された;
伊賀氏は日立の宮田川口の北側の伊賀町に住んだ;
✤藤原秀郷─千常─文修─文行─公光─公季─公助─文郷─光郷─朝光─伊賀光季─
伊賀光季:承久の乱(1221年)時の京都守護、後鳥羽上皇方に討たれた;
         執権北条義時とは義理の兄弟;
佐都西郡:佐伯実盛(サネモリ);
久慈東・西郡:二階堂行村;
那珂東・西郡:中郡実久;

室町時代(1485年,岩城常隆が多賀郡に侵攻した時)の多賀郡の城:
車 城:北茨城市,現・北茨城市華川町;
✤城主:車丹波(斯忠,猛虎,義照,忠次)
✤工藤氏・・二階堂氏・・車氏→岩城隆景(常隆の弟)─某─義秀→斯忠;
竜子山城:高萩市,現・高萩市下手綱,手綱小学校裏山;
       別名:松岡城,手綱城,現・武家屋敷跡;
✤城主:永禄元(1558)年:大塚政成
✤大塚道秀→貞成(頼成)→成貞(1485)→宗義→行成→政成→重成→隆成→親成
  →隆通→源太→
大塚貞成:元・菅股城城主;
  上杉禅秀の乱で公方方に見方し手綱郷を与えられ,慶応27(1420)年頃,菅股城を
  弟・成義に与え、自分は山城で有名なこの竜子山城に移って改修した;
大塚隆通:慶長元(1596)年,佐竹義宣により弟の岩城貞隆の知行割りで陸奥の
   折木城(福島県広野)に移封され,大塚氏の170年間続いた竜子山支配は終わり,
  子孫は石川氏に仕える
安良川城:高萩市・現・高萩小学校敷地;
✤築城者は元・工藤祐経の弟・家臣宇佐美祐茂
✤天文年間(1532~1554)に宇佐美氏は大塚氏に属したらしい;
✤城主:大塚氏,のち水戸藩郷役所の陣屋;
山尾城:十王町・現・十王中学校敷地;
✤城主:小野崎氏
✤多賀郡北東の守備拠点として極めて重要な城;
大窪城:日立市;
✤永禄05(1562)年:大窪光秀(佐竹氏の宿老で多賀郡の南部を守っていた);
石名坂:日立市,
✤古来から奥州に向かう海岸沿い通路の難所の一つとされて来た所である;
太田城:日立市;
✤城主:佐竹氏
額田城:那珂町;
城主:天正13(1585)年:小野崎照通
日立市十王町周辺の景色




日立市十王町漢方整体院

虚空蔵尊と十三参り

虚空菩薩
虚空が全ての物を蔵するように,広大無限な福徳を備え,常に人々にこれを与え,諸願を満足させる菩薩である,大日如来の福智の二徳を本願としているため,この菩薩を信ずれば災厄を滅除し,福徳,知恵を得ることが出来ると信じられた。
仏教と陰陽五行説の習合が普及し,鬼門の守護仏とされ,十三参りが盛んになり,江戸時代以降,民間信仰として広く信仰されるようになった。

虚空蔵菩薩と十三参り 

十王信仰
亡者は初七日(ショナヌカ)から七七日(ナナナヌカ)までと,百ヶ日,一周忌,三周忌に,それぞれ十王の裁きを受ける,南北朝時代になり,七年忌の阿閦(シュク)如来,十三年忌の大日如来,三十三年忌の虚空蔵菩薩が加えられ13仏となった。
忌 日十 王本 地 仏
初七日秦広(シンコウ)王不動(フドウ)明王
二七日初江(ショコウ)王釈迦(シャカ)如来
三七日宋帝(ソウテイ)王文殊(モンジュ)菩薩
四七日五官(ゴカン)王普賢(フゲン)菩薩
五七日閻魔(エンマ)王地蔵(ジゾウ)菩薩
六七日変成(ヘンジョウ)王弥勒(ミロク)菩薩
七七日太山(タイサン)王薬師(ヤクシ)如来
百ヶ日平等(ビョウドウ)王観世音(カンオン)菩薩
一周忌都市(トシ)王勢至(セオシ)菩薩
三周忌五道転輪(テンリン)王阿弥陀(アミダ)如来
七周忌阿閦(シュク)如来
13周忌大日如来
33周忌虚空蔵菩薩

日立市十王朝漢方整体院

十王地区と周辺の神社

常陸風土記
奈良時代初期の和銅6(713)年に元明天皇の昭命に基づいて編纂され,養老5(721)年に成立した常陸国の地誌である。
延喜式内社
延喜5(905)年醍醐天皇の昭命で編纂された【延喜式】の卷九・十の【延喜式神名帳】に記 載された神社,単に【式内社】,【式社】と謂い,一種の社格となっている。

鹿島神宮
茨城県鹿嶋市,式内社,常陸一ノ宮,旧社格は官幣大社,日本全国に約600社ある鹿島神社 の総本社,息栖神社,香取神宮と合わせて東国三社と呼ばれる。
祭神:武甕槌神
創建:社伝によると,神武天皇1年・紀元前660年;
常陸風土記」は天地が開ける以前に高天原から天下った「香島の天の大神」の神話と,崇神天皇,倭建天皇,天智天皇の時代に祭祀や造営が行われたと伝える;
延喜式神名帳」によると,平安時代に「神宮」の称号で呼ばれていたのは「伊勢神宮」「鹿島神宮」「香取神宮」の3社だけだった。
香取神宮
千葉県香取市,式内社,下総国一ノ宮,旧社格官幣大社,日本全国に約400社ある香取神社の総本社;
祭神:
経津主神(フツヌシノカミ,武神,国譲りで武甕槌命と一緒に葦原へ降り,国津神をことごとく平定した);
息栖神社:
茨城県神栖市,鹿島神宮の摂社;
祭神:
岐神(クナドノカミ),相殿:天鳥船神(アメノトリフネノカミ),住吉三神

静神社
那珂市瓜連町,常陸二ノ宮,「延喜式神名帳」の名神大社;
鹿島神宮,香取神宮と共に東国の三守護と崇拝され,豊臣秀吉や徳川家康から寺領などの寄進を受けた記録がある。
主祭神:
建葉槌命(タケハヅチノミコト);
相殿神:手力雄命(タジカラノカミ),高皇産霊命(タカミムスビノミコト),思兼命(オモイカネノミコト); 
 
日本の神-1 伊邪那岐神・伊邪那美神 日本の神2

建御雷之男神
別名建布都神(タケフツノカミ),豊布都神(トヨフツノカミ)
伊邪那岐神ガ火之迦具土神ノ首ヲ刎ネタ時,剣・天之尾羽張の本体に付イタ血カラ産マレタ;
タケ─勇猛ナ,ミカツチ─雷ノ意,フツ(布都)─物ヲ切る音デ剣ノ神格化・刀剣ノ神。

日本の神2 伊邪那岐神
日本の神3 
住吉三神
:イザナギノ禊カラ産マレタ神
底津綿津見神(ソコツワタツミノカミ),底筒之男命(ソコツツノオノミコト)
中津綿津見神(ナカツワタツミノカミ),中筒之男命(ナカツツノオノミコト)
上津綿津見神(ウワツワタツミノカミ),上筒之男命(ウワツツノオノミコト)

建葉槌命
武神であるが又の名を倭文神(シドリノカミ)と謂い,日本で初めて織物を織り出された神と言われている;
常陸風土記」にはこの地方が「静織りの里・シドリノサト」と呼ばれ,初めて綾織物が織られた所と記されている,これらのことから広く織物の祖神として崇拝されて来た;
日本書紀」の国譲りに登場した「倭文神」で,経津主神・武甕槌命では服従しなかった星の神の香香背男天津甕星─大甕神社の神)を征服した神とされている。

天羽槌雄神(アメノハヅチノカミ):
日本神話の神で「古語拾遺」に登場する,天羽雷命(アメノハヅチノミコト),倭文神(シズノカミ)とも呼ばれ,建葉槌命と別名同一視される。
「岩戸隠れ」で天照大神を岩戸から誘い出すために,文布(アヤ)を織ったとされる,文布は倭文とも書き「シドリ」又は「シズリ」という織物である。
同じ織物の神では栲幡千千姫命が挙げられるが,天羽槌雄神は機織りの祖神とされている。

日本の神3 饒速日命
日本の神1 タカミムスビ:「古事記」─高御産巣日神,「日本書紀」─高皇産霊神,「天孫降臨」─高木神。

思兼神:「古事記」─思常神,常世思金神,「日本書紀」─思兼神;
知恵の神で,岩戸隠れの際,天照を岩戸の外に出すための知恵を集まった八百の神に授けたとされる。

手力雄命:「古事記」─天手力男神,「日本書紀」─天手力雄神;
「岩戸隠れ」の際は岩戸の脇に控えており,天照が岩戸から顔を覗かせた時,引きずり出しだ;
「天孫降臨」の際は天照が三種の神器にオモイカネ,タヂカラオ,天石別神を副えたとあり,その後伊勢の佐那県(現・志摩市大王町?)に鎮座したとしている。

天津甕星(アメツミカボシ):別名:天香香背男(アメノカガセオ),香香背男(カガセオ);
「古事記」には登場せず「日本書紀」の葦原中国平定のみ登場する星の神,本文では経津主神と武甕槌命は国津神をことごとく平定し,草木や石までも平らげたが,香香背男だけが服従しなかったので,倭文神建葉槌命を遣わし征服したとしている。
「大甕神社」の社伝では甕星香香背男は常陸国の大甕山に居を据えて東国を支配していたとしており,神域を成している宿魂石は甕星香香背男が化したものと伝えられる。
葦原中国平定に最後まで抵抗した神ということで建御名方神(諏訪大社)と同一視されることもあり,また,北極星を神格化した妙見菩薩の化身とされている。

十王・豊浦地区
艫神社
友部の鎮守
祭神:健甕槌命
創立:治承元(1177)年9月19日;
愛宕神社
伊師町の鎮守
祭神:軻遇突智命(カグツチ/阿遇突智神/火之迦具土神)─火の神
創立:天正2(1574)年2月;
稲荷神社
伊師本郷鎮守
祭神:保食神(ウケモチノミコト/保食命)─農業食物の神;
創立:天正4(1576)年;
津神社
伊師浜の鎮守
大綿津見神(オオワタツミ)─海の神,事代主命(コトシロヌシノカミ)─託宣の神,海の神
創立:長禄2(1458)年4月;
館山神社
国井浜の鎮守
大山祗命(オオヤマツミノミコト/大山津見神)─山の神,酒造の神,伊邪那美神
明治42(1909)年,白山神社を合祀;
蚕養神社稚産霊命(ワクムスビノミコト)─養蚕の神,宇気母智命(ウケモチ),事代主命
折笠天満宮
折笠村の鎮守
菅原道真─学問の神/文道の神/学問成就の神;
創立:応仁元(1467)年,山直城主の霊夢により祀られ,代々嫡子を元服させた;
北野神社
砂沢村の鎮守
菅原道真,創立:延文5/正平15(1360)年;
イサゴザワ

日本の神4  素盞鳴尊 
日本の神4  

日本の神5 
大国主命 

日本の神5

艫神社の写真
 艫神社
日立地区:式内社:泉神社,鹿島神社
大甕神社
久慈町
祭神:建葉槌命─武神,倭文(シズリ)─織物工芸の神,久慈,南高野,石名坂の鎮守
初め石名坂にあったが,元禄8年光圀の命によって,宿魂石の上に遷された。
泉神社
水木町
祭神:天速玉姫命(アメノハヤタマヒメ)─大井の神(速玉は清泉の美称)
日立地区としては最も古くから正史「三代実録貞観8(866)年5/27日の条」に名が出てくる。
鹿島神社
大久保町
祭神:健甕槌命/武甕槌命,日立地方の鹿島神社では最も古い;
平安時代初期:坂上田村麻呂が蝦夷征伐時,境内にある大公孫樹に馬を繋いだ─伝説;
治承5(1182)年3月,源頼朝により大窪・塩浜(現・河原子)を寄進された。
下孫町,成沢町,助川(鹿島)町,会瀬町,神田(堅磐)町,大和田町,南高野町にもある。
神峰神社
宮田町
祭神:伊邪那岐神伊邪那美神熊野櫲樟日命(クマノクスヒ/熊野久須毘神)
宮田,助川,会瀬(オオセ)三村の鎮守;
御岩神社
入四間町
祭神:伊邪那美神国常立命(クニトコタチ/国底立尊)─国土を固める力,大国主命
創立:寛永6(1630)年8/18日,江戸時代は両部神道の霊場,修験道の道場とされていた;
御岩山権現:本地大日堂─万治2年造営,常念仏─延宝2年建立,百観音堂─享保13年建立
明治維新により神仏分離が実行された。
塩窯神社
滑川村
祭神:太田命塩土翁岐命/塩椎命猿田彦命興玉命事勝命国勝命
熊野神社祭神:伊邪那岐神伊邪那美神熊野櫲樟日命(クマノクスヒ/熊野久須毘神)
日立製作所の守護神
種殿神社
田尻村
祭神:大己貴命(オオナムチ,大国主命の別名)
澳津説神社
小木津村
祭神:事代主命倉稲魂命(ウカノミタマ,宇迦之御魂神)

御岩神社の写真
御岩神社 

高萩地区
八幡宮
安良川村
祭神:応神天皇(誉田別尊ホンダワケ)─武勲,日女太神神功皇后,八幡菩薩─護国
多賀郡33郷の総社,創建:寛和元(985)年/治暦2(1066)とも謂われる。
滝神社
高萩村
祭神:速秋津毘古命(ハヤアキツヒコ/速秋津日古神)─河口を守る水戸の男神
古くは高萩村の台に在ったが,後に今の社地へ曳かれたと謂われる。
琯沚神社
高戸村
祭神:天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)─造化3神の一つ
カンシャ神社
鹿島神社
赤浜村
祭神:武甕槌神
鏡神社
島名村
祭神:天糠戸命石凝姥命─鏡作の神,アメノヌカトはイシコリドメノミコの父。
承殿神社
秋山村
祭神:大山祗命(オオヤマツミノミコ/大山津見神)─山の神,酒造の神,大山姫命
王塚神社祭神:皇孫の尊霊, 旧・竜子山城の守護神
丹生神社祭神:丹生都比売大神─朱砂を採掘する神,旧松岡藩主中山氏の守護神,
稲荷,天満宮の三社。
十殿神社
大能村
祭神:大那牟遅命(オオナムチ/大己貴命)─大国主神の幼い頃の名前
十殿神社
上君田村
祭神:猿田彦命(天孫降臨─道案内の神),大己貴命少彦名命─穀霊の神
大塚神社
下君田村
祭神:大山祗命
朝香神社
上手綱村
祭神:日本武尊
種殿神社
横川村本郷
祭神:倉稲魂命(ウカノミタマ/宇迦之御魂神)─伏見稲荷の主神
吉田神社
若栗村
祭神:日本武尊

八幡宮の写真
安良川八幡宮 

花園神社
花園山奥の院
神世7代を祭り,奥の院の聖地は七つ瀧を中心に,これを巡る山々が皆磐座として崇敬された。
天之御中主神,高御産巣日神,神産巣日神,宇麻志阿斯訶備比古遅神,天之常立神・国之常立神,伊邪那岐神,伊邪那美神。
花園山城
白河関,勿来関などと共に蝦夷に備えた防禦の城関で,近くに神社があった;
祭神:大物主神,大山咋神,大山祗神 (坂上田村麿が祭神だというのは間違い)
最澄は大比叡神と大山咋神の二柱を山王と称えた;
大比叡神:最澄が天台宗の守護として大和国の中心大三輪神(大物主神)を祭り大比叡神と称した
大山咋神:日枝山(坂本の八王山)に鎮座し日枝神として古来から尊崇を集めた;
花園山金剛院満願寺
貞観3(861)年,清和天皇の勅願により比叡山山門第一世円仁(エンニン)が創建した。
花園山王大権現:上七社,中七社,下七社
大物主─釈迦,大山咋神─薬師如来,大山祗神─阿弥陀如来

花園神社の写真
花園神社1 
花園神社2 
花園神社3 

日立市十王町漢方整体院

十王地区と周辺のお寺

 徳一法相宗,父:藤原仲麻呂;
✤天台宗の最澄との間で三一権実争論で争った; 
✤寺院:陸奥国会津慧日寺,勝常寺,常陸国筑波山中禅寺など;
✤法相宗本山:興福寺,薬師寺。
最澄天台宗,866年,清和天皇より伝教大師諡号;
✤近江国滋賀郡古市郷生まれ,帰化人の後裔;
✤天台宗本山:比叡山延暦寺,長等山園城寺(三井寺)。
空海真言宗,922年,醍醐天皇より弘法大師諡号;
✤真言宗本山:高野山金剛峰寺など18寺;
円仁天台宗,866年,清和天皇より慈覚大師諡号;
✤下野国都賀郡生まれ,豊城入彦の子孫,壬生氏。
法然浄土宗
✤父:岡山県久米郡久米南町の押領使・漆間時国
西栄臨済宗
✤父:岡山県岡山市吉備津神社の権爾宜・賀陽貞遠
明恵華厳宗
✤和歌山県有田川町出身;
親鸞浄土真宗
✤現・法界寺,日野誕生院付近にで誕生;
✤父:皇太后大進日野有範,母:源義家の孫娘吉光女
✤本山:西本願寺,東本願寺など10寺(派);
道元曹洞宗 (高祖─道元,太祖─瑩山紹瑾)
✤父:内大臣・源(土御門)通親,母:藤原基房の娘伊子
✤本山:永平寺,総持寺;
日蓮日蓮宗
✤千葉県鴨川市,旧・安房郡天津小湊町で誕生;
✤総本山:身延山久遠寺;
一遍時宗
✤父:伊予国の豪族・別府通広
✤総本山:清浄光寺(通称遊行寺)神奈川県藤沢市。
日本の仏教3 


十王地区・豊浦地区
法鷲院
櫛形村
真言宗,本尊:大日如来,山号:妙徳山西福寺,本寺:京都醍醐・無量寺;
開山:記録に大同2年とあるが,徳治年間(1306~1307)が正しい;
境内本尊:弘法大師(大師自作で日本三体厄除の一つ)。
東泉寺
友部川上
曹洞宗,本尊:阿弥陀如来,山号:太湖山,本寺:上野国御獄山永源寺;
開山:永正2(1505)年。
光円寺
友部田宿
浄土真宗,大谷派,本尊:阿弥陀如来,寺号:光照寺;
本寺:真宗大谷派本願寺;
開山:天正19,再興:宝永元(1704)年。
蓮光寺
豊浦川尻
日蓮宗,山号:慈好山,本寺:上総国徳性寺;
開山:天正6(1578)年,千葉県夷隅郡に開基;
明治34(1901)年,千葉県より寺号を移した。
宝幢寺
ホウドウジ
真言宗,寺号:法徳山長楽院,法鷲院の末寺;
元・常陸国33観音の16番札─観世音菩薩:
開山:文明元(1468)年,天保14(1843)年に廃寺。

高萩地区
大高寺
下手綱
真言宗,本尊:大日如来,山号:万徳山遍智院大高寺,境内仏堂:千手観音;
開山:徳一大師(760年~835年);
末寺:寛文3年頃は6ヶ寺,門徒25坊に及ぶ。
能仁寺
上手綱
天台宗,本尊:釈迦如来,山号:妙林山尊法院能仁寺;
草創:大宝年中(701年~704年)役(エン)の行者;
再建:貞観5(863)年,慈覚大師。
興仁寺
竜子山
臨済宗,長松山興仁寺;
開山:文永(1264年~1274年)頃,戦国時代に廃寺。
妙法寺元禄9年,日英上人の時,多賀郡沢村に移され宝塔寺になった。
願成寺
赤浜村
日蓮宗,山号:松塚山賢能院願成寺;
開山:嘉元元(1303)年,日蓮の弟子・日弁。
源東寺
日棚
曹洞宗,
開山:元応元(1319)年。
長宏寺
上手綱
曹洞宗,本尊:釈迦如来,山号:香林山長宏寺,開山:応永3(1396)年。
末寺:①玖台寺:安良川,大永2(1522)年開山,境内仏堂:薬師如来; 
          ②松岩寺:(下君田)慶長2(1607)年開山。
接引寺
下手綱
浄土宗,
開山:天正9(1581)年,明治3年,無職となり,廃寺。
高萩寺
安良川
浄土真宗,大谷派,本尊:阿弥陀如来,山号:松原山知恩院高萩寺;
開山:昭和22年,現主職・秋山順恵。

日立市十王町漢方整体院
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愛犬・りく君

Author:愛犬・りく君
茨城県日立市十王町で
漢方整体院を経営してます。

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