桜田18士

関  鉄之介:郡方勤,10石3人扶持,襲撃現場総指揮;
桜田門外の変後,薩摩入国を拒絶され,各地の豪農などに頼って潜行した;
✤文久元(1861)年10月23日,越後・湯沢(雲母キラ温泉)で逮捕される;
✤翌年文久2(1861)年5月,江戸で死罪に処せられた,享年40歳;
稲田 重蔵:郡方元締,金子に同行を命じられたが本人の希望により固辞,襲撃参加;
✤最初に井伊の駕籠を刺したという,闘死,享年47歳;
大関 和七郎:大番組,150石,変後,熊本藩邸に自訴;
✤文久元(1861)年,伝馬町の獄で死刑,享年26歳;
✤黒沢忠三郎の弟;
岡部 三十郎:変に際し江戸で事前探索にあたり,見張り役を勤めた;
✤検視見届役,斬り合い不参加,逃亡後捕縛;
✤文久元(1861)年斬罪,享年44歳;
海後磋磯之介:本米崎三島神社神官;
✤有村次左衛門が井伊大老の首級を上げたのを見て刀を捨てて神田の方へ逃げた;
✤四日ほどひそみ,それから夜道で水戸に帰ってきた;
✤藩領に入った後,那珂郡米崎村の神官で実兄・高野灸之介の家に行った;
  家族は総力をあげて匿うことに勤め,一歩も外に出ずにひっそりと過ごした;
✤東禅寺事件の余波で一斉取締りが領内一帯で繰り広げられ,それを事前に察知した
  高野は海後を裏山に逃がした;
✤やがて,郡方役人らが猟師たちと高野の神社にやって来て踏み込み,徹底した家宅捜
  索を行った,高野は神社に火縄銃を持ち込むなどは神を冒涜するものだと,激しく抗
  議し,郡方役人は引き上げた;その後,会津,越後に潜行して数年間を過ごした;
✤幕末動乱が始まり追求が緩んだので,密かに故郷に戻って名を菊池剛蔵と改めた;
✤元治元(1864)年の水戸藩の動乱では榊原新左衛門の陣営に入り,乱後関宿藩に
  預けられたが,その後,帰郷を許され,士分に用いられて禄50石を賜った;
✤明治維新後,東京に出て警視庁に入り,明治8年水戸に戻って結城警察署に勤務した;
✤有能が認められ2年後水戸の警察本部に移り,18年間勤務した;
✤退官後,老後を養って郷里で過ごし,明治36年5月19日,病歿した,享年76歳;
黒沢 忠三郎:大番組(馬廻組とも),100石,大関和七郎の兄;
✤変後,重傷を負い斉藤らと脇坂(老中・播磨竜野5・1万石藩主)邸に自訴;
✤熊本藩邸に幽閉,病死(翌年斬とも),享年33歳;
鯉淵 要人:上古内諏訪神社神官、剣術に長ず;
✤変後,脇坂邸に自訴の途中,重傷のため自刃,享年51歳;
斉藤 監物:常陸国二の宮の瓜連静神社神官;
✤重傷を負い脇坂邸へ自訴,【斬奸趣意書】を提出;
✤熊本藩邸に預けられ5日後,傷により死亡,享年39歳;
佐野 竹之介:200石,大番組,小姓などを務めた;
✤変では井伊を駕籠から路上に引きずり出したという;
✤重傷のため脇坂邸に自訴,傷により同日に死亡,享年21歳;
杉山 弥一郎:鉄砲師(留付列);
✤熊本藩邸に自訴後,翌年・文久元(1861)年伝馬町の獄で斬罪,享年38歳;
蓮田 市五郎:寺社方手代;
✤脇坂邸に自訴後,翌年・文久元(1861)年斬罪,享年29歳;
広岡子之次郎:100石,小普請組,広岡則孝の養子,黒沢忠三郎,大関和七郎の甥;
✤変では井伊の駕籠を突き破ったとされる;
✤重傷を負い和田倉門前にて自刃,享年21歳,最年少;
広木 松之介:町方属吏の長男,評定所の吏員(物書雇)を勤めた;
✤文久2年3/3日の夜,相模国鎌倉の上行寺内で割腹自刃,享年25歳;
✤この事実は明治に入ってから明らかにされた;
増子 金八:浪人,小納戸役三郎大夫武和の弟;
✤ほとんど傷も負わず,現場を離れた,金子孫二郎の指示とおり大阪方面に向かおう
  としたが,道中の詮議が厳しく,単身でもあったので断念した;
✤利根川を舟でさかのぼり,下野国を回って那珂川ぞいに養子先である石塚村の大畠家
  に行った;
✤その後、実兄・増子三郎大夫の家にひそみ,さらに9歳年長の妻・理遠の手びきで石塚
  村の稲荷神社の縁の下にかくまれた;
✤そこも危険になったので,理遠は那珂郡本米崎の郷士福地理衛門と親しい郷士の黒沢
  才介を介して,金八を多賀郡平潟村の廻船問屋菊池半兵衛方に移した;
✤その後,病いを得て福地宅に移り,明治維新後,石塚村に戻った;
✤明治7(1874)年4月に妻・理遠が62歳で病死,後は娘の世話を受けて石塚村で過ごす;
✤明治14(1881)年10月12日死去,享年62歳(59歳とも);
森  五六郎:使番与左衛門直元の5男;
✤変では先駆して拳銃を放った,負傷し熊本藩邸に自訴;
✤翌年・文久元(1861)年伝馬町の獄にて斬罪,享年24歳;
森山 繁之介:町方属吏の次男,矢倉方(奉行)手代を務めた;
✤変後,熊本藩邸に自訴,斬奸書を提出;
✤翌年・文久元(1861)年伝馬町の獄にて斬罪,享年27歳;
山口 辰之介:公子抱伝頼母徳正の4男,郡奉行目付などを勤めた;
✤重傷を負い自刃,享年29歳;
有村次左衛門:薩摩藩士;
✤井伊直弼の首級を太刀先に刺し揚げたとされる;
✤重傷を負い,引き上げ途上自刃,享年23歳;

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桜田門


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愛犬・りく君

Author:愛犬・りく君
茨城県日立市十王町で
漢方整体院を経営してます。

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