硫黄島の戦い~終戦

s20年  2/4日:ヤルタ(ウクライナの避暑地)三者会談:(2/4~2/12);
ルーズベルド:中立条約のため太平洋方面で参戦していないソ連の日本への攻撃を要求;
チャーチル:ノーと言わず;
スターリン:ドイツ降伏後,準備期間を取って三ヶ月後に対日参戦する;
✤ドイツ5/7降伏,ソ連は約束を守って8/9日日本に攻撃開始;
✤米も英もこれを承知たった;

2/9日:硫黄島の戦い:(2/19~3/26日)
硫黄島:東京から約1200km,小笠原諸島の南西,硫黄列島の中央にある;
米軍側:マリアナ諸島と日本本土の間の島に航空基地を作る;
     兵力:7・5万余;
日本側:硫黄島を奪われればB29との協同作戦によって本土制空権を奪われる;
     兵力:2・9万余,守備隊長:栗林忠道(中将);
✤米軍の損害(死傷2万5851人,3人に1人)が日本軍(死傷2万数百人)を上回った;

2/22日:陸軍省と参謀本部の首脳の合同会議:(2/22; 2/24; 2/25)
✤【本土決戦完遂基本要綱】を決定(大動員で人海戦術);

3/10日:東京大空襲
米軍側:【日本の民家は軍需工場と同じだ,民衆も戦士であって無差別攻撃にならない】;
日本側:戦後カーチス・ルメイ大将に勲一等の勲章を差し上げた;

4/1日:沖縄戦:(4/1~6/22);
米軍側:軍艦1317隻;航空母艦に乗った飛行機1727機;上陸部隊18万人;
日本側
第32軍:司令官:牛島 満,約6.9万人;
∴第24師団:満州の東安から沖縄;
∴第28師団:満州のチャハル(ハルピン)から宮古島;
∴第62師団:北支から沖縄;
∴独立混成第44・45・59・60・64旅団;
∴其の他:
海軍陸戦隊:司令官:大田 実;約8000人;
✤満17歳~45歳までの沖縄県民男子2.5万人を動員(男子中学校の上級生1600人);
ひめゆかり部隊:女子学校の上級生600人;
✤6/22日:沖縄戦終了,戦死10.9万人,市民15万人亡くなった;

予科練:S5(1930)~
海軍甲種飛行予科練習生
S12(1937)年から:中学校3年生から受験資格あり;
✤(最初は中学校4年終了程度の者が対象だったが後に中学校2年生に切り下げた);
特別教育期間:(3ヶ月間,海軍としての基本を学ぶ);
✤1ヶ月:二等飛行兵;
✤2か月:一等飛行兵;
第2学年に進級:(3ヶ月);
✤上等飛行兵;
✤操偵に分かれて自分の専門の適性に邁進;
兵長に進級
海軍乙種飛行予科練習生
S12(1937)年にS5年から始まった予科練制度によるものを乙種飛行予科練習生と改め,
中学校2ん年生/小学校高等科2年生から入隊;

海軍飛行専修予学生
第13期
✤S18(1943)年9/30:土浦海軍航空隊に入隊;
✤S19(1944)年5/31:少尉任官;
✤S19(1944)年11月:訓練教程終了;
出陣学徒
第14期飛行予備学生
✤S19(1944)年2/1入団;
✤S19(1944)年12/25少尉任官;
✤偵察・操縦:合わせて2000人余り,土浦航空隊に入隊;
✤飛行要務:約1300人余り,鹿児島航空隊へ入隊;
第11期海軍主計見習士官
一般兵科の海軍第4期予備学生(水雷,航海,通信,砲術,其他);

海軍兵学校
✤65期:S13・3末卒業,最高に殴られる;
✤66期:S13・9初卒業,聖人クラス;
✤67期:S14・8・7卒業,お嬢さんクラス;
✤68期:S12・4・1入学,S15・8・7卒業,S16・4・1少尉任官,S18・11・1大尉任官;
✤69期:S13・4・1入学;
✤70期:S13・12・1入学,S16・11・15卒業(68期,69期,70期は300人クラス);
✤71期:S14・12・1入学,600人クラス;
✤74期:S20・3卒業;
✤77期:S20・4・10入学;

沖縄特攻
海軍:司令部:福岡==>大分県佐伯==>鹿児島県鹿屋;
司令官:宇垣 纏(S20 8/15航空機に乗って沖縄に突入);
参謀長:草鹿龍之介
陸軍:第6航空軍:司令部:S20・3 東京==>福岡(福岡高等女学校);
司令官:菅原道大(ミチオ),95歳で死去;
参謀長:川島虎之輔
✤振武寮:元・福岡女学院の寄宿舎,不時着などして生き残った特攻兵達を集めて監禁;
✤知覧:S20・3/28日~特攻出撃開始;
陸軍指定食堂:富屋食堂鳥浜とめ(娘:赤羽礼子,薩摩おごじょ);

4/6日~4/7日:菊水1号作戦と第1次総攻撃開始;
4/28日:菊水4号作戦と第3次総攻撃:
✤特攻機は傷病者輸送船・【コンフォート】,輸送病院船・【ピンクニー】に体当たり;
6/3日:菊水9号作戦と陸軍による最後の特攻・第10次総攻撃を実施;
6/22日:海軍による最後の特攻・菊水10号作戦を実施;

その後の特攻
7/17日:駆逐艦一隻が特攻機によって損傷;
7/24日:ルソン島沖で護衛駆逐艦【アンダー・ヒル】が回天の攻撃を受け友軍の手で処分;
7/28日:沖縄方面で駆逐艦【キャラガン】が海軍の特攻隊・第三龍虎隊の九三式中間練
     習機・赤トンボの体当たりにより沈没した;
8/13日:上陸作戦用輸送艦【ラグランジ】が特攻機により損傷;

特攻戦死者:約6000人、飛行機3900人(海軍:2500人、陸軍:1400人)、其の他:
海軍:最後の菊水作戦の後,6/23日から終戦までに沖縄方面に向けて通常作戦機
    708機(内・特攻機64機)を出撃させ,未帰還は58機(内・特攻33機);
陸軍:3/17日から7/3日までに890機の特攻機を突入させた;

4/6日:第2艦隊の旗艦【大和】出撃:豊田副武連合艦隊司令長官訓示を送る;
    司令官:伊藤整一
    艦  長:有賀幸作
4/7日:戦艦【大和】,九州の坊岬沖で2時間の奮戦の後に沈落;
✤乗組員2740人(一説:乗り組み員3009人中2733人,91%)戦死;
✤他に軽巡洋艦【矢矧/ヤハギ】と駆逐艦4艘が沈没し,総戦死者は3721人にのぼる;
✤アメリカ軍機が何回か偵察し,おもしろがって漂流中の日本軍人を銃撃;

✤ソ連が日ソ中立条約を廃棄することを通告;
✤小磯国昭内閣辞職,鈴木貫太郎内閣発足;
4/13日:ルーズベルト大統領亡くなる、後任にトルーマン大統領;
4/28日:ムッソリーニ大統領イタリア国民によって銃殺され逆さまに吊らされる;
4/30日:ヒトラー自決;
5/7日:ドイツ無条件降伏(イタリアはS18・9 降伏);
6/22日:沖縄戦終了;
7/24日:6時35分,ポツダムにいるトルーマン大統領から正式に承認を得た;
8/3 以降,いつ原子爆弾を投下されても不思議ではまい状態になった;
7/26日:ポツダム(ベルリン郊外)宣言:日本の降伏を勧告する;
8/6日:午前8時15分:広島原爆
8/7日:スターリン:【8/9満州の国境を突破すべし】と攻撃開始極密命令;
8/9日:午前零時:ソ連が満州の国境線を侵入;
✤最高戦争指導会議:ポツダム宣言の受諾が決定,会議中午前11時2分に長崎原爆
✤午後14:00~17:00:第1次閣僚会議;
✤午後18:00~22:00:第2次閣僚会議;【ポツダム宣言受諾の条件】;
①天皇の国法上の地位を変更しない;
②占領は小範囲で小兵力で短期間であること;
③武装解除を日本人の手に任せること;
④戦犯の処置を日本人の手に任せること;
東郷茂徳米内光政:①だけでOK
阿南惟幾梅津美治郎豊田副武:①~④
✤午後23:50~翌日午前2:30ややすぎ:御前会議
最高戦争指導会議のメンバー;
枢密院議長:平沼騏一郎
書記長官:迫水久常
陸軍軍務局長:吉積正雄
第1回聖断:一条件のみ希望として伝え、それでよしとなれば降伏する;
8/10日:外務省が中立国のスイスとスウェーテン駐在日本大使を通じて連合国に伝える;
8/14日:
✤陸軍クーデタ計画(8/10~1/14)午前7:30頃,梅津阿南の反対で弾け飛んだ;
✤午前10:15から合同会議:二度目の聖断;
✤午後23:00連合軍に通達;
8/15日:
✤全国民に動揺させずにうまく治めるように知らせるため正午に天皇が放送する;
阿南惟幾陸相:割腹自決;【一死を以テ大罪ヲ謝シ奉ル】;
✤本土の兵力:陸軍225万人,海軍125万人,特攻機6000機(陸海軍合わせ);
鈴木貫太郎内閣辞職;東久邇宮内閣発足;

満州の日本人
一週間戦争(8/9~8/16):
戦死:8万人;
捕虜:57万4538人,シベリアに送られ無事引き上げ47万2942人;
✤10万人以上がシベリアの土の下に眠っている;
✤H5・10:エリツイン大統領6万1805名死者名簿渡す;
満州開拓団:約27万人;
約10万人が逃避行の途中で犠牲となった;
残留孤児
逃避行の中で中国人に預けられたり,拾われたり,或は買われたりした人々;


日立市十王町漢方整体院
プロフィール

愛犬・りく君

Author:愛犬・りく君
茨城県日立市十王町で
漢方整体院を経営してます。

最新記事
カテゴリ
検索フォーム
リンク
Fcカウンター
QRコード
QR