徐州大会戦~終戦

徐州大会戦S13(1938)年5月;
中国側:司令官:李宗仁;60ヶ師団の約15万人;決戦を避けて,西南へ逃走;
日本側:南下する北支方面軍が主力となり,北上する中支那派遣軍が協同して実施;
北支那方面軍
司令官:寺内寿一
参謀長:岡部直三郎
第1軍
司令官:香月清司
参謀長:飯田祥三郎【のち15軍(タイ国進駐)司令官】;
∴宇都宮第14師団:(土肥原賢二);
∴京城第20師団:(川岸文三郎);
∴弘前第108師団:(下元熊弥);
  弘前,青森,秋田,山形; 終戦時:満州・錦県;
∴金沢第109師団:(山岡重厚);
  第1次編成:S12・8・24;留守第9師団の担当で編成,S14末に帰還,12月に廃止;
  第2次編成:S19・5 父島要塞守備隊を基幹に再編成され,大本営直属の小笠原兵団
        (栗林師団長兼務)の隷下;
∴其の他:
第2軍
司令官:西尾寿造
参謀長:鈴木率道
∴広島第5師団:(板垣征四郎);
∴姫路第10師団:(磯谷廉介);
∴其の他:
方面軍直轄兵団
∴京都第16師団:(中島今朝吾);
∴宇都宮第114師団:(末松茂治);
∴支那駐屯兵団:
  独立混成第3旅団:(佐々木到一);
  独立混成第4旅団:(河村 薫);
   独立混成第5旅団:(秦 雅尚);
∴臨時航空兵団:(徳川好敏);
  第1,第4飛行団司令部;
  偵察、戦闘、爆撃各隊;
上海派遣軍
司令官:畑 俊六
参謀長:河辺正三
∴名古屋第3師団:(藤田 進);
∴金   沢第9師団:(吉住良輔);
∴東   京第101師団:(伊東政喜);
∴熊   本第6師団:(稲葉四郎);
∴仙   台第13師団:(荻洲立兵);

✤S13・5・19:徐州城占領;
✤S13・5・25:徐州入式;

✤津浦鉄道(天津~南京)の南北打通に成功;
✤日本軍は徐州を占領したが,広大な戦線に兵力がすくなく,最初に企図した大包囲殲滅
  戦に失敗して決定的な打撃を敵に与えることが出来なかった;

武漢攻略戦:S13(1938)年、6月13日~10月27日;
✤武漢:
∴湖北省都,長江と漢水の合流点,重慶,南京と並び三大竈(カマド);
∴三国志の舞台;
∴日本軍は武漢進攻が力いっぱいの限度となって奥地進攻を打ち切った;
∴武漢攻略後の戦局は長期持久戦に移った;その後は新中央政府の育成に努めた;
∴結果的に見て武漢攻略戦の成果は重慶爆撃の基地を獲得しただけに止まった;
∴作戦の終末線:河南省・信陽~湖北省・徳安~湖南省・岳州(岳陽);
✤大本営陸軍部は武漢作戦の準備を含めて日本軍全般を整備した;
①北支那方面軍の第2軍(第10,第13,第16師団)は中支那派遣軍に入った;
②S13・7・4 第11軍が新設されて中支那派遣軍に入った;
第27師団(佐倉/東京とも):支那駐屯兵団の改編が第11軍に入った;
④新設の第15師団(豊橋/京都),第17師団(岡山/姫路),第22師団(仙台)が
  中支那派遣軍に入った;
中支那派遣軍
司令官:畑 俊六
参謀長:河辺正三(のちビルマ方面軍司令官)
第2軍
司令官:東久邇宮稔彦
参謀長:町尻量基
∴名古屋第3師団:(藤田 進);
∴姫路第10師団:(篠塚義勇);
∴仙台第13師団:(荻洲立兵);
∴京都第16師団:(中島今朝吾、のち藤江恵輔)
∴騎兵第4旅団:(小島吉蔵);
第11軍
司令官:岡村寧次
参謀長:吉本貞一
参謀副長:沼田多稼蔵
∴熊本第6師団:(稲葉四郎);
∴金沢第9師団:(吉住良輔);
∴佐倉第27師団:東京,甲府,佐倉; 終戦時:中国江西省・南昌市;
∴熊本第106師団:S13・5・15留守第6師団担当で編成;S15・3/9復員,4月に廃止;
∴台湾・岩波支隊:(岩波重一);
直轄兵団
∴京都第15師団:京都第51連隊;京都第60連隊;敦賀第67連隊;
                       終戦時:タイ・カンチャナブリ;
∴姫路第17師団:姫路,鳥取,岡山; 終戦時:ラバウル;
∴仙台第22師団:仙台,会津若松,山形; 終戦時:タイ・バンコク
∴久留米第18師団:(牛島貞雄);
∴京都第116師団:京都第109連隊;福知山第120連隊;津 第133連隊;
            終戦時:中国湖南省・衡陽市;
航空兵団
司令官:徳川好敏;
参謀長:寺木熊市;
∴第1飛行団:寺倉正三,
∴第3飛行団:菅原道大(のち第6航空軍指令官),
∴第4飛行団:藤田 明
那方面艦隊:旗艦【出雲】;司令長官:及川古志郎

✤6/13日:安慶城;
✤7/26日:九 江:①景徳鎮の磁器の輸出港;②盧山:1500~1600mの秀峰が80余も
       南北40kmに連なっている,山中には800余の寺院と別荘も多い;
✤9/29日:田家鎮(武漢三鎮の関門)─第6師団の今村支隊;
✤10/21日:第21軍が広東占領;
✤10/24日:黄陂県城;
✤10/25日:漢 口(イタリア領事館,フランス領事館);
✤10/26日:武 昌(白菜の名産地);
✤10/27日:漢 陽(無血占領);
✤11/3日:明治節(現・文化の日)に入城式;
✤12/9日:第2軍司令部は内地帰還となり,隷下・指揮下の各部隊は第11軍に編入;

第21軍〈波集団〉(のち第23軍):9/16日に編成終了;
司令官:古荘幹郎
参謀長:田中久一
∴広島第5師団:(安藤利吉);
∴久留米第18師団:(久納誠一);
∴大阪第104師団:大阪第108連隊,大阪第137連隊,和歌山第161連隊;
            終戦時:中国広東海豊
∴直 轄:
 野戦重砲兵第1旅団:(西村琢磨)
 山砲兵2ヶ連隊;
 第4飛行団:(藤田 明);
 飛行第64,31戦隊;
 第5艦隊:旗艦【妙高】司令官:塩沢幸一

香港攻略:S16(1941)年12/8~12/25日;
第23軍:広東に司令部を置く南支軍,元・第21軍;
司令官:今村 均(S16・11・6南方作戦のため第16軍司令官になる;)
     酒井 隆:元・留守近衛師団司令官;S16・11・15日,今村 均の後任;
参謀長:栗林忠道(のち小笠原兵団司令官兼第109師団司令官;硫黄島の戦い);
主力兵:第38師団─S14(1939)年6/30日,名古屋第3師団管区で臨時編成;
司令官:佐野忠義
参謀長:阿部芳光
名古屋第228連隊;岐   阜第229連隊;(豊橋第229連隊とも);
静   岡第230連隊;(東海林部隊の230連隊とも);
ガダルカナル島の戦いに参加;終戦時:ニューブリテン島ラバウル

✤12/13日:九龍半島
✤12/25日:香港
✤12/28日:入城式,磯谷廉介中将が香港総督に任命された;

重慶占領計画
✤S16(1941)年11月下旬:支那派遣軍総司令部(南京)で各軍司令官の会同が開かれた;
畑 俊六:支那派遣軍総司令官;
岡村寧次:北支那方面軍司令官;
      【10ヶ師団を持って西安を占領して南下し秦嶺山脈を突破し重慶へ進攻する】
阿南惟幾:中支那武漢第11軍司令官;
      【そんな兵力があれば第11軍は長江をさかのぼって重慶を占領する】
✤S17(1942)年9月4日:杉本 元参謀総長が5号作戦お準備を命令した;
✤S17(1942)年8/8~12/31日:ガダルカナル島争奪戦;
 支那派遣軍から重慶進攻の主力兵団の弘前第36師団のほか各師団があいついて
 南方に転用される;
 第36師団:弘前第222連隊;(ビアク島で玉砕);秋田第223連隊;秋田第224連隊;
        終戦時:ニューギニア・サルミ;
✤S17(1942)年12月10日:大本営5号作戦の中止を命令;
✤12月17日:畑 俊六総司令官が各軍司令官を南京に集めて重慶進攻中止を下達;

一号作戦(大陸縦貫作戦,日本の戦史上空前の大作戦):S19(1944)年4/17~12/10;
立案者:参謀本部第1部第2課長:服部卓四郎(大佐);
目 的
①大陸沿線の在支米軍基地を潰滅して対日空襲を防止する;
②大陸戦線を縦貫して打貫しベトナムの南方軍との間に交通線を確保する;
 【釜山~奉天~北京~漢口~衡陽~桂林~柳州~南寧~諒山~ハノイ~バンコク~
  シンガポール】を結ぶ延長7944kmの鉄道を建設する;
✤コ号作戦:京漢作戦;  ト号作戦:湘桂作戦;  サ号作戦:南方軍の怒江正面の作戦;
太平洋の戦局
①S19・2:カロリン群島のトラック島が米軍に空襲され,本土絶対防圏の一角が崩れた;
 参謀総長の杉山 元が更迭され陸相・総理大臣の東条英機が兼任する;
 軍令部総長の永野修身が更迭され海相の嶋田繁太郎が兼任す;
②S19・6・15:米軍サイパン上陸開始したちまちに占領する;
③S19・6・16:北九州が成都から発進したB29の第1回爆撃を受ける;
④S19・6・19:連合艦隊が総力を上げてマリアナ諸島の決戦に出る;
一号作戦の主要兵団
武漢中支の第11軍:司令官:横山 勇
∴名古屋第3師団:(山本三男);
∴仙台第13師団:(赤鹿 理);
∴京都第116師団:
∴大阪第34師団:大阪第216連隊;大阪第217連隊;和歌山第218連隊;
           終戦時:中国江西省・九江市;
∴善通寺第40師団:丸亀第234連隊;徳島第235連隊;高知第236連隊;
           終戦時:中国江西省・南昌市;
∴熊本第58師団:独立混成第18旅団を改編して中国湖北省漢口で編成;
           終戦時:中国広西省・全県市;
∴大阪第68師団:独立混成第14旅団を改編して中国江西省九江で編成;
           終戦時:中国・衡州(華中・常寧);
北支の方面軍第12軍:司令官:岡村寧次
∴熊本第37師団:熊本第225連隊; 都城第226連隊; 鹿児島第227連隊;
           終戦時:終戦時:タイ・バンコク;
∴京都第62師団:独混第4旅団と独混第6旅団の一部を改変し中国山西省・太原で編成;
           終戦時:沖縄;
∴京成第20師団:
∴宇都宮第63師団:
∴戦車第3師団:
∴独立混成旅団4個;
∴騎兵旅団1個;
南支広東の第23軍:司令官:酒井 隆
∴仙台第22師団:(平田正判);
∴宇都宮第14師団:
∴独立混成第22旅団:
∴独立混成第23旅団:(下河辺 憲二);
上海第13軍
∴広島第70師団:独立混成第20旅団を基幹に編成; 終戦時:中国浙江省・嘉興;
第5航空軍:第2飛行団:

✤S19年4/17~5/25:京漢作戦:古都洛陽を占領して作戦終了;
  6/15日:サイパン奪われる;
✤6/18日:湖南省都長沙占領;
✤6/26日:衡陽の飛行場占領;
✤8/8日:衡陽城占領;【7月中旬占領の予定が二旬も遅れた】;
  桂林攻略のため第6方面軍を新設:
  司令官:岡村寧次  参謀長:宮崎周一
   ∴中支第11軍:(横山 勇);
  ∴南支第23軍:(酒井 隆);
✤11/10日:桂林城占領,柳州城占領,これをもって湘桂作戦(ト号作戦)終了;
✤11/22日:司令官級の更迭;
 畑 俊六:支那派遣軍総司令官→教育総監に昇進;
 岡村寧次:第6方面軍の司令官→支那派遣軍総司令官に昇進;
 岡部直三郎:北支那方面軍司令官→第6方面軍司令官に昇進;
 下村 定:西部軍司令官→北支那方面軍司令官に昇進;
 横山 勇:中支第11軍司令官→西部軍司令官に昇進;
✤11/24日:南寧占領;
✤12/10日:中国とベトナム ルートを打通しこれをもって一号作戦終了;
①時すでに遅く米英国の反攻でベトナムと南方地域との交通は杜絶し南方の物資を送る
  どころではなくなった;
②大陸縦断戦は成功したが今となっては単に一部兵力の一時的行軍ルートに利用する
  にすぎなかった;
③一号作戦で大陸沿岸の基地を失った米空軍は湖北省老河口と湖南省芷江から日本軍
  占領地の攻撃を開始;
✤S20・3・27:老河口占領;

芷江攻略作戦:S20年4/15~5/9日;
芷江
①衡陽の西方300kmの湖南省の要地で重慶まで直線距離400kmの重慶の玄関口;
②日本軍降伏時の予備会談が行われた場所;
中国側
∴汤恩伯─米式装備,10ヶ師団;
∴薜bi 岳─第九戦区,31ヶ師団;
∴孫連仲─第六戦区,26ヶ師団;
日本側
第6方面軍から芷江攻略命令を受けたのは第20軍
司令官:坂西一郎
参謀長:川目太郎
∴京都第116師団:(菱田元四郎);
∴弘前第47師団:秋田第91連隊,秋田第105連隊,弘前第131連隊;
           終戦時:山東省・济南市;
∴独立歩兵第58旅団:弘前第47師団から6ヶ大隊を抽出して結成された部隊;
∴山砲3ヶ大隊:
結果
✤作戦目的をはたせないうちに惨敗して作戦中止(S20・5・9)となった;
✤日中戦争最後の芷江作戦はビルマのインパール作戦同様に惨憺なる敗戦たった;

中国からの引き上げ
✤最も困難を予想された満州,中国からの引き上げは,日本敗戦直後,蒋介石総統が
  ラジオを通じて【既往をとかめず,徳をもって怨みに報いよ】と布告し,S21・4から中国
  側の好意的な措置によって円滑に進んだ;
✤S21,S22年がピークだったが,最後に業務を閉じたのはS33年のことである;
✤中国の山西省では支那派遣軍第1軍の約1・5万人が当地の軍閥軍阎锡山の軍隊として
  再編され,約4年間中国共産党と戦ったので帰国が遅れた;


日立市十王町漢方整体院
プロフィール

愛犬・りく君

Author:愛犬・りく君
茨城県日立市十王町で
漢方整体院を経営してます。

最新記事
カテゴリ
検索フォーム
リンク
Fcカウンター
QRコード
QR